排出権取引とは?仕組みやメリット・課題について解説

排出権取引とは簡潔に、地球温暖化の原因とされるCO2などの、温室効果ガスの排出を低減させるための経済的な取り組みのことです。

この記事では、企業や自治体の排出削減ポテンシャルを、最大限に引き出すための方策である排出権取引について仕組みや取り組みなど詳しく解説します。

目次

  1. 排出権取引とは、CO2削減のための取り組み

  2. 排出権取引の仕組みと流れ

  3. 海外と日本の排出権取引の状況は?

  4. 国内排出量取引制度「キャップ・アンド・トレード」とは

  5. 排出権取引の可能性・メリット

  6. 排出権取引の問題点

  7. まとめ:排出権取引とは脱炭素を推し進めるための努力

1. 排出権取引とは、CO2削減のための取り組み

排出権取引とは、具体的にどのようなものでしょうか。ここではその基礎的な内容をご紹介します。

排出権取引の基礎知識

排出権取引とは、国や自治体、企業が、設定された温室効果ガスの排出枠を売買する制度です。

まず国や自治体、企業が温室効果ガスの排出量を排出枠という形で定めます。その排出枠を超過して、ガスを排出してしまった場合、余裕があるほかの企業等から、排出枠を購入します。それにより、排出枠を購入した企業は、排出削減をしたとみなされるという制度です。

裏を返せば、「ガスを努力して削減した企業は、ガスを多く排出してしまった企業に、余った枠をお金で売ることができる」、ということになります。

「排出権取引」は「排出量取引」や「排出許可証取引」などとも呼ばれますが、すべて意味は同じです。英語では「Emissions Trading」と言われています。

排出権取引の目的

CO2を含む温室効果ガスの増加を少しでも食い止めるためには、エネルギーを多大に消費する企業の努力が必要であり、排出権取引は企業のその努力を促すためのものです。中には様々な要因により、CO2排出をすぐには低減することができない企業もありますが、排出権取引は排出権を売買することにより、企業努力が促進されるため、環境政策としては「直接規制」のあるものより、柔軟性があり効率が良いと言われています。

なぜCO2を削減しなくてはならないのか

人間による経済活動の進歩により、石油や石炭等を使用する化石エネルギーの利用は増加の一途をたどりました。化石エネルギーは発電時に、二酸化炭素(CO2)を始め、一酸化炭素、フロンガスなど温室効果ガスを大気中に大量に排出します。そして、それらの温室効果ガスは地球の温暖化・気候変動を加速させているのです。

世界のCO2排出量は先進国では少しずつ減少していますが、途上国や新興国では増加しています。国別に見ると2018年にCO2をもっとも排出したのは中国で、次いでアメリカ、インドが増えている状況です。

世界のCO2排出量出典:環境省「世界のエネルギー起源CO2排出量」(2020)(p.1)

世界のCO2排出量の推移と地球温暖化の関係

世界のCO2排出増加とともに、地球の平均気温は2017年時点で工業化する以前と比べて、約1℃上昇している現実があります。対策を講じなければ、将来的には気温上昇が1.5℃に達する可能性が高いと言われています。

さらに気温上昇だけではなく、温室効果ガスの増加で地球の大気が不安定になり、これらが複合的に作用して地球の温暖化を招き、それに伴う気候変動も増えるという悪循環を生んでいます。

世界のCO2排出量と地球温暖化出典:環境省『環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書/第2節 科学的知見から考察する気候変動』

2. 排出権取引の仕組みと流れ

では、排出権取引とはどのような流れで、どのような仕組みになっているのかをご説明します。

CO2排出削減量の決定と排出枠の発行

排出権取引を行うには、まずその年に排出するCO2の量を決めなければなりません。ある年を基準とし、その国や企業、部門では、基準年のどの程度削減するのかを決め、それに見合った排出枠を発行します。例えば今年度は基準年と比べ5%削減すると決めたのであれば、95%分の排出枠を発行することになります。

出典:WWFジャパン「温室効果ガス排出量取引/入門編」

排出枠の配分

排出枠の配分方法には、ベンチマーク方式とグランドファザリング方式、オークション方式の3つがあります。

ベンチマーク方式では、製品やその工程ごとにベンチマーク(生産量あたりの望ましいCO2排出量)を設定し、生産量とかけることで排出枠を設定します。

グランドファザリング方式では、過去の排出実績に目標とするCO2排出量をかけることで設定します。先程の例で表すと、(排出枠)=(過去の排出実績)× 95 となります。

オークション方式では、各事業者が排出するであろうCO2の量を想定し、オークションにおいてその分の排出枠を有償で購入します。

出典:環境省「排出枠の設定方法」(p.2-7,10-12)

出典:環境省「キャップ・アンド・トレード方式による国内排出量取引制度について」(p.4)

排出枠の取引

排出枠の配分が終わり、事業活動を開始すると、削減努力をしてもなお当初の目標と比べ上回ってしまった、あるいは余った排出枠が出てきます。この排出枠は国や自治体、企業間で取引が可能で、上回ってしまった企業は自社の企業努力と排出枠の購入のうちコストが安く済むものを選択し、効率的にCO2の排出削減を行うことができます。

出典:WWFジャパン「温室効果ガス排出量取引/入門編」

実際の排出量と排出枠のマッチング

最後に、当初定めた排出枠と実際に算定されたCO2排出量が合っているかを確認します。この際排出枠とCO2排出量が合っている、もしくは少ないようであれば、ルールを遵守できたことになりますが、もし超過しているようであれば、その国や自治体、企業には罰則が科されます。

排出枠の総量が増えておらず、全ての国や自治体、企業が、事業者間の取引でのみマッチングできた場合は、全体として効率的にCO2排出量を削減できたということになります。

出典:WWFジャパン「温室効果ガス排出量取引/入門編」

3. 海外と日本の排出権取引の状況は?

世界での排出権取引の拡大

排出権取引は、もともとアメリカの発電所の二酸化硫黄を削減するために制度化がされたもので、それが成果をあげたことから注目されました。市場重視のアメリカが京都議定書などにおいて、排出権取引を強く要望したことから制度化され、各国が取り組むようになった背景があります。その後、グローバルな取り組みとしてヨーロッパでも注目されるようになり、現在はこの制度にメリットを感じる海外企業も増え、前向きに評価されています。

欧州での取り組み

欧州連合(EU)では排出権取引において、その取引が、2021年5月には50ユーロ/CO2トンという価格になり、さらに55ユーロ(7,150円/CO2トン)を超えるという現象が起きました。欧州連合(EU)が温室効果ガス削減55%という目標を掲げてから、この価格は上昇し続けているのです。スウェーデンの大手電力会社のヴァッテンファル社は、排出権取引を脱炭素に有効なツールと大変評価しており、またドイツやチェコの電力会社大手も、それぞれの企業戦略をもとに排出権取引を有効に活用しています。

※1ユーロ=130円換算で6,500円/CO2トンです。

出典:日本総研「カーボンニュートラルへの道標を提供できる排出権取引」

日本の取り組みの現状は

対して日本での排出権取引の導入の状況はどうなのでしょうか。現在のところ、日本では国全体で排出権を導入していません。

国内では経済による環境問題の解決にあまり良い印象がなかったり、CO2を多く輩出する特定のカテゴリーの業界だけの負担になる可能性があるなど、さらには実際に京都議定書の約束の期間に、日本では1,600億円もの金額を排出権の購入のために費やしています。

そのため、排出権取引に関してネガティブなイメージが定着してしまったのかもしれません。しかし、そのなかにあっても排出権取引を導入し、積極的に脱炭素に取り組んでいる企業も徐々に現れています。

4. 国内排出量取引制度「キャップ・アンド・トレード」とは

それでは、現在、国内で行っている排出量取引制度の「キャップ・アンド・トレード」について説明します。

キャップ・アンド・トレードの仕組みとは

排出量取引は、国が定めた削減目標を達成するために温室効果ガス排出量にキャップ(限度)を設け、その枠内に収まるようにトレード(取引)することから、「キャップ・アンド・トレード」と呼ばれており、欧州連合(EU)が行っている排出量取引制度もこれです。

環境省では以下の項目が掲げられています。

  • 公正で可視化されたルールの下、排出量に限度(キャップ)を設けることで、削減の取り組みを担保する。

  • 排出枠の取引(トレード)等を可能にし、柔軟性のある義務履行を行えるようにする。

  • 炭素の価格設定をすることにより、効率よく経済的に炭素の削減を推し進めることができる。

排出枠の設定と取引のイメージ出典:環境省「国内排出量取引制度について」(2018.7)(p.3)

キャップ・アンド・トレードのメリットとは

キャップ・アンド・トレードを導入することで、排出量の削減が可能な企業などは、それを通して利益を生み出せるため、積極的に排出量を削減しようという動きを期待できます。削減するか、購入するかなどの選択肢も自由で柔軟性があるため、トレードに企業は自社のビジネスや経済界の動向などを判断しながら、取り組むことができるでしょう。

また、達成目標をはじめに定めるため、効果の確実性を狙えるのもキャップ・アンド・トレードのメリットです。

5. 排出権取引の可能性・メリット

排出権取引に期待されている可能性やメリットについてわかりやすくご説明します。

排出権取引の可能性

排出権はイギリスで2002年4月に世界初の国内取引市場ができ、取り引きが開始されています。国際復興開発銀行(世界銀行)によれば、導入国はすでに約40カ国にのぼっています。欧州連合(EU)の排出枠には、様々なオプションも用意され、排出権取引の排出枠は、価格上昇を見込んだヘッジファンドの取引なども行われており、金融商品としての可能性が高まっています。

排出権取引のメリット(1)確実にCO2排出量を削減できる

排出権取引のメリットには、確実にCO2排出量を削減できるという点があります。排出権取引では、初めに削減量を決めてそれに見合った排出枠を発行するために、達成すべき目標、つまり削減しなければならないCO2の量が明確になり、事業者はCO2排出削減に向けた取り組みを行いやすくなります。

排出権取引のメリット(2)効率的にCO2の削減ができる

効率的にCO2の削減ができるのも、排出権取引のメリットの一つです。排出権取引では、事業者間で排出枠の取引を行うことができるために、排出枠を超過してしまった事業者に「自社の企業努力での削減」に加えて「他社からの排出枠の購入」の選択肢ができ、よりコストが低い方を選ぶことができるようになります。そのため、社会全体でコストが低いものから取り組みが進み、効率的にCO2の排出削減が行われるようになります。

出典:WWFジャパン「温室効果ガス排出量取引/入門編」

6. 排出権取引の問題点

排出権取引の問題点(1)炭素リーケージ

排出権取引の問題点として、炭素リーケージが挙げられます。炭素リーケージとは、特に競争が激しい業界などで、CO2の排出規制がより緩やかな地域に生産拠点を移動することで、生産の枷となる排出規制や排出枠の購入によるコスト増大をクリアし、結果として緩やかな地域ひいては地球全体でCO2の排出量を増やしてしまうことです。

そこで、特に国際競争が激しい産業や多くのエネルギーを消費する企業では、追加的に排出枠を交付する対策が取られています。

出典:環境省「国内排出量取引制度について」(2013/07)(p.19)

排出権取引の問題点(2)「原単位」での換算が多い

他にも、排出権取引では多くの場合、総排出量でなく「原単位」でのCO2排出量削減が行われていることも問題点の一つです。原単位とは、生産量や売上高あたりのCO2排出量やエネルギー消費量のことです。いくら生産の過程を見直し、製品1つを製造するまでのCO2排出量を削減したとしても、その分多くの製品を作ってしまっては、全体としてのCO2の排出量削減には繋がりません。

出典:WWFジャパン「温室効果ガス排出量取引/入門編」

排出権取引の問題点(3)コストが高い新技術の妨げになる

コストが低いものから効率的にCO2の削減が進むことも、問題点の一つとなりえます。再生可能エネルギーや次世代エネルギー、新素材などの次世代技術は、まだ登場から時間が経っていないために、導入コストが依然として高い状況にあります。排出権取引では、よりコストが低いものが優先的に取り組まれるために、これらの新技術が取り入れられにくく、新技術がなかなか社会に浸透しなくなってしまう一因ともなりえます。

7. まとめ:排出権取引とは脱炭素を推し進めるための努力

排出権取引に関して様々な角度から解説しました。現在、国内において排出権取引は定着しているとは言えませんが、将来的な海外の動向により、普及促進する可能性は大いにあります。なにより、企業努力が培われる排出権取引は、CO2削減に向けて大きな力となる可能性を秘めています。また経済的にもあらたなビジネスや金融市場を開く可能性も大きいのです。

脱炭素社会を促進する方策の一つとして、また自社の環境価値を高める手段としても、排出権取引導入を検討してみてはいかがでしょうか。

資料 この1冊でLCAの基礎を徹底解説資料 サプライチェーン全体のCO2排出量Scope1〜3算定の基礎を徹底解説
サプライチェーン全体のCO2排出量Scope1〜3算定の基礎を徹底解説