米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則とは?日本企業への影響も解説

米国証券取引委員会(SEC)が今般、気候関連情報の開示規則を採択して話題になっています。なぜ米国証券取引委員会(SEC)というアメリカの機関の動向が、日本でもそこまで注目されているのでしょうか。その背景には、昨今の環境問題やサステナビリティに対する投資家などの関心の高まりがあります。本記事では米国証券取引委員会(SEC)や、その気候関連情報開示規則の概要、日本企業への影響などについてわかりやすく解説します。

目次

  1. 米国証券取引委員会(SEC)の概要

  2. 米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則の概要

  3. 米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則の日本企業への影響

  4. まとめ:米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則の内容を押さえて、サステナビリティ情報の開示に取り組もう!

1.米国証券取引委員会(SEC)の概要

米国証券取引委員会(SEC)は日本では証券取引等監視委員会に該当する組織ですが、日本のそれとは異なる点もあります。米国証券取引委員会(SEC)の概要について解説します

米国証券取引委員会(SEC)とは

米国証券取引委員会(SEC:Securities and Exchange Commission)は1934年に設立された独立行政機関で、有価証券登録書等の開示書類の審査、証券業者、自主規制機関等の管理・監督、取引審査、連邦証券諸法等の違反行為の調査及び処分等の執行、投資会社・投資顧問業者の管理・監督、諸規則の制定・解釈など幅広い業務を行っています。日本の証券取引等監視委員会では違反行為に対する手段として課徴金制度が導入されていますが、米国証券取引委員会(SEC)はより強力な法務執行権限を持っています。たとえば調査手段として強制力のある召喚状を出すことができるほか、違反の程度や重大性に応じて多様な処分手段を持っています。

出典:国立国会図書館「証券取引等監視委員会」p7,9(2006/6/14)

気候関連情報開示規則採択の背景

米国証券取引委員会(SEC)は、2024年3月に気候関連情報開示規則を採択しました。その背景には、地球温暖化問題があります。「2050年カーボンニュートラル」実現のために、金融界では国際組織TCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosure、気候関連財務情報開示タスクフォース)が設立され、気候変動に対して適応した経営の実践と情報開示を企業に要求しました。そして各国・地域にて気候関連開示制度が成立し、気候変動を巡る情報開示の更なる拡充が求められるようになったのです。米国証券取引委員会(SEC)においても、2020年に投資家顧問委員会から情報開示に関する勧告が行われるなどの動向が見られます。

出典:環境省「気候関連財務情報開示を企業の経営戦略に活かすための勉強会」p7,9-10,15(2023/10/6)
出典:SEC「Recommendation from the Investor-as-Owner Subcommittee of the SEC Investor Advisory Committee Relating to ESG Disclosure」p1(2020/5/14)

2.米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則の概要

気候変動対策を背景として米国でも気候関連情報の開示が義務化されますが、必ずしも一律に求められるわけではありません。米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則の概要について解説します。

主な開示内容

米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規制においては、たとえば次のような内容について開示が求められています。

・事業戦略・経営成績・財務状況に重⼤な影響を及ぼした、または及ぼす可能性が合理的に⾼い気候関連リスク
・重⼤な気候関連リスクを軽減または適応するための活動を⾏っている場合、発⽣した重⼤な⽀出と、そのような軽減または適応活動から直接⽣じる財務⾒積りおよび仮定への重⼤な影響の量的および質的な説明
・ 取締役会による気候関連リスクの監視、および登録者の重要な気候関連リスクの評価と管理における経営陣の役割
・GHG(温室効果ガス)排出量

事業者はこれらの情報を証券取引委員会に提出する登録届出書および証券取引法に基づく年次報告書に記載する必要があります。

出典:SEC「FACT SHEET The Enhancement and Standardization of Climate-Related Disclosures: Final Rules」p2-3(2024/3/21)

開示時期と保証

米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規制は、全ての企業に対して一律に課せられるものではなく、企業規模によって以下のように開示時期や保証レベルに段階が設けられています。

 

開示

保証

財務諸表

重要な支出

スコープ1・2

限定的保証

合理的保証

大規模早期提出会社

2025年度

2026年度

2026年度

2029年度

2033年度

早期提出会社

2026年度

2027年度

2028年度

2031年度

小規模報告会社・新興成長企業・非早期提出会社

2027年度

2028年度

ここでの保証とは、開示された情報に信頼性があるということを、監査法人などが確認・報告することを指します。その中でも限定的補償では、情報が信頼できないと判断する材料がないことが確認・報告されます。これに対し合理的補償では、情報が信頼できることを確認・報告します。

出典:SEC「FACT SHEET The Enhancement and Standardization of Climate-Related Disclosures: Final Rules」p4(2024/3/21)
出典:日本公認会計士協会「監査以外の保証業務及びAUPの基礎知識」

スコープ3を巡る議論

米国証券取引委員会(SEC)が採択した気候関連情報開示規則では、当初案ではGHGの排出量開示について「スコープ3」(原材料仕入れや販売後に排出されるGHG)も報告対象とされていました。これに対しては連邦議会議員などから「スコープ3の開示は、バリューチェーンに原材料を供給する多くの農業生産者に報告義務を課すことになり、SECが農業に対する管轄権を持つことと同意なため、従来のSECの権限を超えている」などの批判が寄せられました。さらに「スコープ3の排出量については、排出量を計上している企業は非常に少なく、その検出方法も確立されていない」といった意見もあり、最終的にはスコープ1・2のみが開示対象となり、スコープ3は開示対象から外されることとなりました。

出典:公益財団法人日本証券経済研究所「気候変動リスク開示を巡る米国の混乱」p18,19,21(2023/9/6)
出典:資源エネルギー庁「知っておきたいサステナビリティの基礎用語~サプライチェーンの排出量のものさし『スコープ1・2・3』とは」(2023/9/26)

3.米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則の日本企業への影響

米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則は、各国企業にも関係してきます。同規則の日本企業への影響について解説します。

経団連によるコメント(22年当時)

米国証券取引委員会(SEC)の気候関連開示規則案が示された2022年当時、日本経済団体連合会は同案に対し「時宜に適った取組みである」とのコメントを発表しました。一方で各論としていくつかの疑問点を指摘し、「法定開示として求めるべきではない」「時期尚早である」などの意見も付しています。たとえば前述のスコープ3排出量開示については、「信頼性や網羅性を担保した情報開示を行うことを要請するためには、相当の時間と労力を要する」「当面は任意での開示を進め、開示のコスト・ベネフィットを分析の上、法定開示を求めるか判断すべき」と述べています。

出典:一般社団法人日本経済団体連合会「SEC「気候関連開示規則案」に対するコメント」(2022/5/31)

影響を受ける日本企業

米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則は、米国に上場している外国企業にも適用されます。日本企業ではソニーグループ、トヨタ自動車、武田医薬品、キャノン、各メガバンクなどが対象となります。米国証券取引委員会(SEC)によれば、開示対象企業のうち4割弱は、すでに何らかの形で気候変動リスクに関する情報を開示していますが、基準などはバラバラと言われています。各日本企業も、今後は開示規則に従った情報開示が求められることとなります。

出典:日本経済新聞「米SEC、上場企業に排出量の開示義務 トヨタやソニーも」(2024/3/7)

日本市場における動向

日本でもサステナビリティ情報開示の義務化や、第三者保証の制度化が見込まれています。2023年には有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」が新設され、今後法定開示への組み込みが予定されています。第三者保証についても、前提条件となる開示条件の策定や国内外の動向を踏まえつつ、担い手・保証基準や範囲・制度整備などの検討が進められます。気候関連情報の開示規制は米国証券取引だけではなく、日本の証券市場にも近付きつつあります。

出典:経済産業省「日本の企業情報開示の特徴と課題」p4(2024/5/1,7)

4.まとめ:米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規則の内容を押さえて、サステナビリティ情報の開示に取り組もう!

米国証券取引委員会(SEC)が採択した気候関連情報規制は、地球温暖化への国際的な対応を背景としています。規制内容は当初案よりGHG排出量の開示範囲などにおいて若干の後退はありましたが、本規制が採択されたことにより今後多くの企業が気候関連情報へ対応し、またGHG削減対策などを検討することになるでしょう。米国証券取引委員会(SEC)の気候関連情報開示規制の内容を押さえ、自社のサステナビリティ情報開示をさらに進めていきましょう。

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